あいちトリエンナーレ2019 私的ガイド 

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喜楽亭ドリル 四ノ間「子どもたち」フクちゃんの潜水艦

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四の間で紹介されるフクちゃん。小津の画像にもフクちゃんが敬礼している姿が出てきて、不思議なシンクロを覚えます。

 

8月10日のTBS報道特集松本零士さんが、フクちゃんの潜水艦の話をしていてから、作品を観たいと思っていたら、YOUTUBEにありました。

ー引用ー

漫画家の松本零士(81)は「宇宙戦艦ヤマト」など大ヒット作品を世に送り出してきた。初めて戦争の恐怖を覚えたのは7歳のときだった。漫画家としての原点は、戦時中に見たアニメにあるという。昭和19年に作られた「フクチャンの潜水艦」では子どもに人気があった主人公のフクチャンが、潜水艦に乗って街を砲撃したり、魚雷でアメリカの空母を沈めたりするシーンが描かれている。

 

松本氏の自宅には当時、フクちゃん以外にもディズニー映画があったそうだ(親御さんの方針だったらしい)。比べれば明らかに、この映画は戦争利用されたものだと、当時7歳の少年でも感じたのだろう。

 

四の間の語りで横山が言う「僕の映画をみて戦争に行ったとい宇人は聴いたことがありません」というナレーションに被さるフクちゃんの声やBGM。爆破される敵の潜水艦や飛行機と同時に旅館アポニアが振動します。

 

調べてみると、あのBGMは大ヒットになっていたのだ。

ー引用ー

1942年の『フクちゃんの奇襲』、1943年の『フクちゃんの増産部隊』に次ぐ、フクちゃん3本目の主演アニメ。原作者の横山自身が、関屋五十二の名前で演出を担当している。日本で初めて、アニメ作品用に作られた楽曲がレコード化されたものとしても有名。ただし主題歌「フクちゃん部隊出撃の歌」よりも、アラクマさんのCVを演じた大喜劇スター・古川録緑波の歌う挿入歌「潜水艦の臺所(台所)」の方が大ヒット。同曲は、戦後の少年海洋漫画の人気作『サブマリン707』(小澤さとる)の作中にも、少年水兵が口ずさむ歌として登場した。 

 

しかし、この映画は「高知県横山隆一記念まんが館には収蔵されていません」。

横山隆一記念まんが館

自分も来訪したことがあるが、まったくフクちゃんに戦争のイメージを思い起こさせるものは排除されていた。戦争のイメージが強いキャラクターだというのは、当時(大河で龍馬伝が放映されていた頃)も思い出していたが、今になって思い起こすのは不思議な感覚です。(HPの年表には、以下のとおり記述あり)

1941年 6月、朝日新聞中部版に「アルケフクチャン」登場
1942年 「ジャバのフクチャン」登場(作者ジャワへ従軍のため)
1944年 11月、アニメーション「フクちゃんの潜水艦」封切(横山隆一演出)
1945年 米軍マニラ司令部発行の伝単、落下傘ニュースに「フクちゃん」が無断転用・連載される。敗戦後、漫画原稿配給組合により、地方紙16紙にフクちゃん連載開始。
1950年 サンデー毎日に「デンスケとフクちゃん」連載。当時毎日新聞連載の「デンスケ」とフクちゃんがコンビを組んだことで注目された。

aichitriennale.jp

↑ 10月13日トークあります。YOKOもKAZUEも、実際の人物が紹介されるでしょう。