あいちトリエンナーレ2019 私的ガイド 

私的にあいちトリエンナーレのご案内をします。情報の詳細は公的なものでお確かめください。

2019/8/29 中日新聞 朝刊 <見る歩く あいちトリエンナーレ2019>(上) 作家・高山羽根子さん 

<たかやま・はねこ> 1975年、富山県生まれ。東京都在住。2010年に「うどん キツネつきの」で第1回創元SF短編賞佳作に選ばれデビュー。16年、「太陽の側の島」で林芙美子文学賞。今年1、7月の芥川賞に連続で候補入りした。

愛知県で開催中の国際芸術祭「あいちトリエンナーレ 作品の台座の上でポーズを取る高山羽根子さん

 1人で訪ねても刺激的だが、誰かと感想を話し合えば、別の面白さに気付くはずだ。担当記者が各界の識者と会場を巡り、さまざまな切り口で、企画や作品について語ってもらった。初回は、この夏の芥川賞で2回連続候補入りして注目を集める小説家・高山羽根子さん(44)。8月上旬の炎天下、初めて会場となった愛知県豊田市を歩きながら、作家が表現しているジェンダーの問題などについて考えた。

◆女性の体と役割

 豊田会場は、豊田市駅周辺や市美術館に、さまざまな作家が出品している。一見、何を表現しているのか、よくわからない作品もあるが、高山さんなら、小説家ならではの言葉で、作品の狙いや魅力を解きほぐしてくれるに違いない。多摩美術大で、日本画や映像論を学んだ美術畑の人でもある。今も、各地の芸術祭や美術展に積極的に足を運び、展評の執筆もする。

 この日、向かったのは、駅近くに置かれている高さ約五メートル、大型の白い造形作品。彫刻家小田原のどかさんの「→(1923-1951)」だ。

 造形物は、屋外彫刻の台座を模している。戦前、同じ形の台座が、東京・三宅坂にあり、馬に乗った軍人の像が飾られていた。だが、この作品には、本来なら彫刻が置かれているはずの部分に何もない。

 その代わり、横に階段がついて上れるようになっており、上に立てば、彫刻になった気分で記念撮影することができる。高山さんも、さっそく体験。最上部で手すりに手を置いて、真っすぐ前を見つめた。「ポーズを取りながら意味を考えていた。顔はどこを向くか、手はどうするか。公共の場に置かれた像は、何かの意味を持ってしまうのだと実感した」

 小田原さんは、この台座で「女性の裸」と日本の彫刻(家)の関係を問う。戦後、日本では、あちこちにあった軍人の像に代わって、「平和」と冠した裸婦像の彫刻が増えた。三宅坂の台座には「平和の群像」と題し、三人の裸婦像が飾られた。これが全国の裸婦像の先駆けとされる。彫刻とはいえ、女性の裸が街頭に乱立していった歴史を鋭く見つめているのだ。

 高山さんは「背景を知るといろんなことを考える。例えば少年漫画誌の表紙を飾る水着の女性、女性の体をほめる『曲線美』という言葉。否定的な違和感ではないが、なぜだろうという気づきがある」と話す。台座は空白だからこそ「多くの人に気づきを促すはず」。

 駅と周辺では、赤ちゃんの絵を手に会場を巡る「レンタルあかちゃん」も体験した。和田唯奈さん=岐阜県各務原市出身=が、主宰するグループ「しんかぞく」として制作した参加型作品だ。

 絵は、しんかぞくのメンバーが母親になったという設定で描いたもの。会場内の手紙などから、子に込めた願いを知る仕掛けになっており、女性の体と切り離せない出産、役割とされてきた育児について考えさせられる。体験した高山さんは「ポップさとの対比が面白いですね。物語を自分の手で完成させた感じがした。赤ちゃんの絵も複数の種類があり、誰かと一緒に回ると楽しい作品」と笑った。

◆「間」の人の目線

 今回のトリエンナーレは、これまで男性に偏っていた参加作家の男女比を均等にした「ジェンダー平等」達成が話題になった。「一つの試みとして興味深い」と高山さん。美大日本画を学んでいたころを振り返り「結婚や出産、育児で創作を離れる人、キャリアが中断される人はいるが、芸術分野に限らず、それを経験したからこそできる仕事もあるはず。(男性偏重を解消する)ジェンダーバランスは、そういった人も能力を評価されるチャンス」と話す。

 小説家として「表現の不自由展・その後」の中止の問題も、考えずにはいられない。「賛否のどちらが正解で、もう一方が不正解とは簡単に言えない。間で困惑する人の目線も絶えず考えていきたい」

 その問題意識は、今年芥川賞候補となった自作の『カム・ギャザー・ラウンド・ピープル』にも表れている。小説の主人公の気持ちは、わかりやすい正解や感情に収束しない。人の心のグラデーションを表現した書き手として「どちらか一方ではなく、間で踏みとどまって、その上で考えるのが大切だと思う」と語った。

 (谷口大河)

赤ちゃんが描かれた絵を手に、物語性の高い絵が飾られた「レンタルあかちゃん」の会場を巡る

 赤ちゃんが描かれた絵を手に、物語性の高い絵が飾られた「レンタルあかちゃん」の会場を巡る