あいちトリエンナーレ2019 私的ガイド 

私的にあいちトリエンナーレのご案内をします。情報の詳細は公的なものでお確かめください。

中日新聞から <ニュースを問う> 過疎の町でのトリエンナーレ 

<ニュースを問う> 過疎の町でのトリエンナーレ 

2016/9/18 朝刊

バスの車体に落書きをして楽しむ参加者たち=愛知県設楽町

 八月のある朝、愛知県設楽町に向かった。本紙朝刊が地方版で報じた展覧会を見るためだ。愛知県が三年に一度、名古屋などで開く国際芸術祭「あいちトリエンナーレ」の移動展「モバイル・トリエンナーレ」。四十行ほどの記事が伝えたこの催しは、八月から文化部で美術を担当し始めたばかりの私にとって、目指す方向を決める体験となった。報告したい。

 午前六時に名古屋の自宅を出て、現地に着いたのは九時すぎ。気分はやや重い。三時間もかかったからではない。途中、朽ちた家や廃業した店など、寂しい光景を見かけたためだ。

 県内では三つだけの「過疎市町村」に指定された設楽町岐阜県の小さな町で育った私は、故郷が「過疎」にのみ込まれる悲しみと無縁ではない。ここも寂しい町なんだろうか。

◆わいわい落書き

 

 だが、会場である町内の特産物振興センターに着くと、そんな思いは吹き飛んだ。まず目に入ったのは、子どもや大人が何人も集まり、駐車している大型バスを取り囲んで、わいわいと楽しく落書きしている姿だ。芸術祭で、落書き?

 これは、愛知県を拠点に活躍するアーティストの河村陽介さんらによる企画。参加者は河村さんとモビールを作り、思い思いの絵や言葉を描いたバスの車内に飾る。そして、そのバスで町内を巡る趣向なのだ。

 落書きを堪能した参加者たちは、センターの一室に集まった。河村さんの指導で、色も形もさまざまなプラスチック片などを糸で細い棒にぶら下げ、ゆらゆらと動くモビールを作る。

 最初は子どもが「早く作りたーい」と声を上げていたのに、作り始めると大人が「その青い三角のやつを一つください」と張り切っている。ここで初めて会った人が「この赤い糸を使ったら?」と仲良く語る姿にもほのぼのとする。

 完成したらバスに乗り込む。世界に一つだけのモビールを好きな場所に取り付け、はじける笑顔の記念撮影を済ませ、さあ出発だ。

 河村さんの運転で、バスが町を行く。車窓から見た町内は、日曜なのに飲食店などが休業しており、歩く人も少ない。ちょっと元気がないようだが、そこに暮らす人が、大人も子どもも「アートの力」によって、こんなに活気あるひとときを過ごしたのだった。

 バスを降りたら、センター内の展示作を見る。愛知県長久手市の作家・今村文さんによる精緻な蜜蝋(ろう)画や、セミの生涯と人類の歴史を重ね合わせる竹川宣彰さん(埼玉県)の意欲的な油絵など優れた作品が並ぶ。

 だが、それ以上に印象深かったのは、場内のボランティアの女性の言葉だ。

 「初日は午後九時まで開いていたので、夜のウオーキングをしてきた女の人たちが、そのままの格好で来たんです」。設楽の人たちは、町で初めて開かれたこの国際芸術祭を堅苦しく受け止めず、文字通り“普段着”で接していたのだ。

 さらに女性は「トリエンナーレが設楽に来てくれたんだから、今度は私たちが名古屋に見に行きたい」。芸術は人を動かし、人と人を結び付ける。あらためてそう感じる一言だった。

 残念ながら今、日本の地方自治体は、芸術や文化の施策に熱心ではない。

 日本が景気のよかったころ、文化会館や美術館が競うように建ち、音楽会や展覧会が次々に開かれた。だが不況になると、文化や芸術は真っ先に邪魔者にされた。行政のリーダーの熱意も薄れたようだ。文楽を見て「つまらない」と言い放ち、補助金をなくそうとした前大阪市長は、その象徴のように思われる。

◆開催批判の声も

 

 そんな中で愛知県が開くトリエンナーレに対して、疑問や批判がないわけではない。二〇一〇年に始まった時には「県が税金でやる必要はあるのか?」「一体いつまで続くか」と、冷ややかな声も聞かれた。

 また個々の作品への批判も当然ある。今回も、古いビルに百羽の小鳥を放し、建物の内部を丸ごと「鳥のための空間」とするブラジルの作家ラウラ・リマ氏の企画に注目が集まる一方、生きものを“展示”することに、ネットでは小鳥の愛好家が「受け入れがたい」などと書いている。来場した人からも小鳥の安全を心配する声が聞かれた。

 だがそうした賛否はさておき、設楽からの帰り道、私は二つのことを考えた。

 今日みた笑顔のことを、いつか読者に伝えよう。そして、行政が芸術や文化にもっと力を注ぐよう問いかける記事を書こう。特に、未来を担う子どもが、都会に住んでいても過疎の町に暮らしていても、質の高い芸術に触れられるように。なにせ日本国憲法は、私たち国民に「健康で文化的な生活」を営む権利がある、と定めているのだから。

 一つ目は本欄のおかげで果たせた。あとはこれからの課題だ。読者のご支援とご指導をお願いしたい。

 (文化部・三品信)